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【忠臣蔵】『史料から見た赤穂浪士討ち入り』講演会

2014
30


現17代当主上杉のお殿様・上杉邦憲先生の講演会でした。
上杉の!!お殿様です!!
(松島の女将さん実現してくださってありがとうございますほんとに)
と言っても上杉家というより忠臣蔵の吉良側というか史実・史料を追いかけたお話だったので、戦国系のお話はその後の懇親会で話されたのかなあと。明智先生もいらしてたので。(私は講演会だけでした)
そして宇宙の方が詳しい方なので宇宙の話もすごくお聞きしたいんですけど…!
講演会されないのかなああ(^o^=^o^)ソワソワ はやぶさ関係とかで。
***

忠臣蔵関係はいつか詳しくメモしようと思いますが、史料確認するとただとばっちり受けただけやで吉良さん…そして一番不遇なのは子の義周さん
赤穂だと一般的なストーリーしか聞かないのでもっと吉良さんの真実広まるべき…

というのも原因は「歴史創作ジャンル in 江戸時代」のせい(浄瑠璃や歌舞伎で脚色されまくった)
どの時代も「オリジナルでやれ」っていうレベルの二次創作があるんですね
機会があればベーシックな忠臣蔵の話を描きつつそれに注釈(ツッコミ)入れる系の漫画描きたいな
…冬コミ新刊かな!(討ち入りの時期的にも) (いや描けるか分からんけど…)

ちなみに上杉と忠臣蔵の繋がりは、
上杉景勝→定勝(景勝嫡男)→綱勝(定勝嫡男)→綱憲(綱勝養子・吉良上野介義央の長男/母富子は定勝の四女)→(略)→邦憲先生。
上杉家(長男)の通称は「喜平次」で、吉良家の幼名は「三郎」っていうあたりに戦国クラスタはアア…てなりそうな気がした。「三郎」はよくある幼名なんかな?
あと「上杉家は若白髪」ておっしゃってました。ほぉう…(吉良の血かもしれないけど)

上杉先生が「義周さんのお墓に参った時に『景虎』のお酒を持っていったんですけど、お供えした瞬間、天気悪かった空がサアッて晴れやかになったのできっと喜んでくれてたと思います。科学者ですけどそういうのは信じてます」って言っておられた
義周さん…!!
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